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八幡信仰

総本山 宇佐神宮大分県宇佐市約4万社

八幡さま(八幡神)は、第15代・応神天皇の神霊を主祭神とする神さまです。大分県の宇佐神宮を総本宮とし、母である神功皇后、そして比売大神とあわせて「八幡三神」として祀られます。奈良時代に東大寺の大仏造立を助けた国家鎮護の神として朝廷に重んじられ、平安時代以降は源氏の氏神・武運の神として武士の厚い信仰を集めました。その広がりとともに全国へ勧請され、いまや八幡宮・八幡神社は日本でもっとも数の多い神社のひとつです。社号は「はちまん」と読むのが一般的で、古くは「やはた」、地名では「やわた」とも読みます。

数字でみる八幡信仰

主祭神
応神天皇(誉田別命)
総本宮
宇佐神宮
大分県宇佐市
全国の社数
約7,800社(全国最多)
本社を祭神で分類した集計(岡田荘司ら)。摂末社・合祀を含めると約4万社とも。屋敷神・小祠まで含めると稲荷が最多とする説もあり、数え方で結論が変わる
創建
神亀2年(725年)
宇佐神宮の社殿造営。示現の伝承は571年(568年説も)
神使
神紋
三つ巴(多くは左三つ巴)

八幡信仰の祭神

勧請・分祀により、八幡信仰の神社はこの祭神構成を受け継いでいます。各神社は、この標準に自社の御祭神を対応づけて表示しています。

系譜(血縁)
仲哀天皇×夫婦息長帯比売命
主祭神誉田別命ほんだわけのみこと
祭祀構成 — 八幡信仰の標準
主祭神誉田別命ほんだわけのみこと八幡大菩薩(習合)
相殿比売大神ひめのおおかみ
┄ 実体は宗像三女神 ┄
市杵島姫命多岐津姫命多紀理毘売命
相殿息長帯比売命おきながたらしひめのみこと
血縁・祭祀× 夫婦同一の神とされる※ 御殿・相殿の区分(役割)はデータ整備中
応神天皇(誉田別命)八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
神功皇后(息長帯比売命)応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
比売大神多くは宗像三女神(多岐津姫・市杵嶋姫・多紀理姫)と同一視されます。玉依姫とする社もあり、その正体には諸説があります。

八幡信仰のルーツ — 総本山からのながれ

559
伝・欽明天皇勅願
誉田八幡宮大阪府総本宮
559年創建と伝わる最古の八幡宮であり、八幡神を氏神とする源氏や足利氏など歴代武家の厚い信仰を集めて栄えた。
725
宇佐神宮大分県総本宮
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社として、古くから皇室の崇敬を集め、八幡信仰の拡大と定着において中枢の役割を果たした。
726
大分八幡宮福岡県主要分社
726年創建の筥崎宮元宮。宇佐神宮の託宣に八幡神の本宮とされ、遷座後も九州五所別宮の第一社として信仰を広めた。
802
鎮守府八幡宮岩手県主要分社
802年頃、征夷大将軍・坂上田村麻呂が奥州鎮守府へ勧進。平安京への勧進以前から、東国における八幡信仰の拠点として機能した。
859
貞観元年
石清水八幡宮京都府主要分社
源氏の氏神として崇敬されたことから、その広がりとともに各地の八幡宮へ分霊が勧請された。
1063
康平6年
鶴岡八幡宮神奈川県主要分社
源頼朝が鎌倉幕府を開いたことを背景に武家の崇敬を集め、八幡信仰を関東方面へ普及させる主要な拠点となった。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。

なぜ武家は八幡神を選んだか

八幡神が「武神」として全国へ広まった最大の契機は、清和源氏との結びつきでした。源義家は石清水八幡宮の神前で元服し「八幡太郎義家」と名乗り、父・頼義とともに東国での戦いで武名を高めます。やがて源頼朝は鎌倉に鶴岡八幡宮を据え、武家政権の守護神としました。将軍にならって御家人たちも自領へ八幡神を勧請し、鎌倉から戦国期にかけて八幡宮は全国へ急増します。もともと別の神を祀っていた社が八幡へ改称・合祀された例も多く、これが「全国最多クラス」の背景です。

八幡大菩薩 — 神と仏が重なった神さま

八幡神は早くから仏教と結びつき、天応元年(781年)には朝廷から菩薩の号を贈られて「八幡大菩薩」と呼ばれました。神でありながら菩薩号を持つ、神仏習合を代表する神さまです。僧の姿で表した「僧形八幡神」の像もつくられ、東寺・薬師寺の古像や快慶作の東大寺像(いずれも国宝)が知られます。総本宮の宇佐には神宮寺の弥勒寺が併設されていました。明治の神仏分離でこれらは分けられ、菩薩号も公には用いられなくなりました。

参拝が楽しくなる 見どころ・豆知識

神使は鳩
八幡さまの神の使いは鳩。鶴岡八幡宮などの楼門に掲げる「八幡宮」の額は、「八」の字が向かい合う二羽の鳩の形に意匠化されています。鎌倉名物「鳩サブレー」もこの鳩にちなむと伝わります。
三つ巴の神紋
多くの八幡宮の神紋は左三つ巴。弓を射るとき腕に着ける道具「鞆(とも)」を描いた「鞆絵」が巴になったという説や、応神天皇の腕の痣にちなむ説など、由来には諸説があります。
放生会(ほうじょうえ)
捕らえた生き物を放して命を慈しむ、神仏習合ならではの祭り。宇佐に始まり、石清水・筥崎の放生会は大祭として名高い(明治以降は「仲秋祭」「石清水祭」などに改称)。
八幡造の社殿
前後二棟の建物を連結する独特の様式「八幡造」。純粋な現存例は少なく、宇佐神宮・石清水八幡宮の本殿(ともに国宝)が代表です。
大相撲は八幡さまの境内から
江戸勧進相撲の発祥は富岡八幡宮(深川)。境内には歴代横綱の名を刻む横綱力士碑が立ちます。

まず訪ねたい 八幡信仰の代表社

八幡信仰の神社(18社)

八幡信仰のよくある質問

八幡宮と八幡神社の違いは?
基本的に同じで、どちらも八幡神(応神天皇)を祀る神社です。「八幡宮」「八幡神社」「八幡社」「八幡さま」などは社号の表記違いで、厳密な区別の基準はありません。
八幡神とはどんな神様ですか?
第15代・応神天皇の神霊とされ、弓矢・武運の神、勝運・出世開運・厄除けの神として信仰されます。母の神功皇后は安産の神。神仏習合では「八幡大菩薩」とも呼ばれました。
なぜ全国にこんなに多いのですか?
総本宮・宇佐神宮から各地へ勧請され、とくに源氏など武家が守護神として自領に勧請したことで急増しました。ほかの神を祀っていた社が八幡へ改称・合祀された例も多くあります。
「八幡」の読み方は?
社号としては「はちまん」が一般的です。古くは「やはた」と訓読みされ、京都府八幡市(やわた)のように地名では「やわた」とも読みます。
参拝の作法は?
多くの八幡宮は一般的な二拝二拍手一拝です。ただし総本宮の宇佐神宮は、出雲大社などと同じ二拝四拍手一拝。作法は各社の案内に従ってください。

八幡信仰の神社を探す

  • 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です(宇佐の示現は568年説・571年説など諸説あります)。
  • 「日本三大八幡」の三社目は、筥崎宮とする説と鶴岡八幡宮とする説があります。
  • 二拝四拍手一拝は宇佐神宮など特定の社の作法で、八幡宮すべてに共通するものではありません。
  • 神使が鳩とされる由来、三つ巴紋の由来には諸説があり、定説はありません。
最終確認日:2026-07-20