仲
仲哀天皇
ちゅうあいてんのう
祀る神社 8社歴史上の人物の神格化
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)は第14代天皇で、『日本書紀』では足仲彦天皇と記されます。英雄・日本武尊の子であり、神功皇后の夫、応神天皇の父にあたる人物です。熊襲を討つため筑紫に赴きましたが、皇后に下った神託を疑ったために神の怒りに触れ、橿日宮で急に世を去ったと伝えられます。八幡宮では応神天皇・神功皇后とともに、あるいは相殿の神として祀られ、香椎宮など由緒の地の社でも篤く祀られています。
仲哀天皇の基本情報
別の表記
足仲彦天皇/足仲彦尊/帯中日子天皇
『日本書紀』『古事記』
御代
第14代天皇
父母
日本武尊・両道入姫命
皇后
気長足姫尊(神功皇后)
子
誉田別命(応神天皇)
崩御の地
筑紫の橿日宮
現在の香椎宮(福岡市)と伝えられる
仲哀天皇の系譜
系譜(血縁)
子
この神仲哀天皇ちゅうあいてんのう×夫婦配偶者息長帯比売命おきながたらしひめのみこと
子
血縁× 夫婦※ 祖父母は父方・母方をまとめて表示しています。続柄は出典にもとづく図示で、伝承上の関係を含みます
神託を疑った天皇
『日本書紀』によれば、即位8年、熊襲討伐のため皇后とともに筑紫へ赴いた天皇は、神懸かりした皇后から「痩せた熊襲の国を攻めても益はない。海を渡れば宝の国が手に入る」という託宣を受けます。しかし高い丘に登っても海の向こうに国は見えず、天皇はこの神を偽りではないかと疑いました。神は再び「おまえは国を得られず、皇后の生む皇子が得るだろう」と告げますが、天皇はこれを顧みずに熊襲を攻めて敗れ、翌年に急死したと記されます。遺体は武内宿禰によって海路で運ばれ、穴門豊浦宮で殯されたと伝えられます。
仲哀天皇を祀る神社(8社)
鹿児島神宮
かごしまじんぐう ・ 鹿児島県 ・ 官幣大社
千栗八幡宮肥前国一宮
ちりくはちまんぐう ・ 佐賀県 ・ 国幣小社
柞原八幡宮豊後国一宮
ゆすはらはちまんぐう ・ 大分県 ・ 国幣小社
誉田八幡宮
こんだはちまんぐう ・ 大阪府 ・ 府社
大宮八幡宮
おおみやはちまんぐう ・ 東京都 ・ 府社
手向山八幡宮
たむけやまはちまんぐう ・ 奈良県 ・ 県社
大崎八幡宮国宝(社殿)
おおさきはちまんぐう ・ 宮城県 ・ 村社
壺井八幡宮
つぼいはちまんぐう ・ 大阪府 ・ 村社
※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。
仲哀天皇にゆかりの神
仲哀天皇のよくある質問
仲哀天皇はどんな神さまとして祀られていますか?▾
八幡信仰の系譜の中で、応神天皇の父・神功皇后の夫として祀られます。相殿神・配祀神として八幡宮に祀られる例が多く、崩御の地と伝わる香椎宮でも主祭神とされています。
実在した天皇ですか?▾
通説では実在性の低い天皇の一人に挙げられます。事績は記紀の伝承として受け止めるのが穏当です。
関連するページ
- 仲哀天皇は、通説では実在性の低い天皇の一人に挙げられます。本文の事績はいずれも記紀の伝承にもとづく記述です。
- 崩御の経緯には、神の怒りに触れたとする説のほか、熊襲の矢に当たったとする異説(『日本書紀』一書)もあります。
最終確認日:2026-07-20