神託を疑った天皇
『日本書紀』によれば、即位8年、熊襲討伐のため皇后とともに筑紫へ赴いた天皇は、神懸かりした皇后から「痩せた熊襲の国を攻めても益はない。海を渡れば宝の国が手に入る」という託宣を受けます。しかし高い丘に登っても海の向こうに国は見えず、天皇はこの神を偽りではないかと疑いました。神は再び「おまえは国を得られず、皇后の生む皇子が得るだろう」と告げますが、天皇はこれを顧みずに熊襲を攻めて敗れ、翌年に急死したと記されます。遺体は武内宿禰によって海路で運ばれ、穴門豊浦宮で殯されたと伝えられます。