誉
誉田別命
ほんだわけのみこと
八幡信仰 の主祭神祀る神社 18社歴史上の人物の神格化
誉田別命(ほんだわけのみこと)は、第15代・応神天皇の神霊とされる神さまで、八幡さま(八幡神)そのものです。『日本書紀』では誉田天皇、『古事記』では品陀和氣命と記され、母の神功皇后が新羅から帰還したのちに筑紫で生まれたと伝えられます。在位中は弓月君・王仁ら渡来の人びとを迎えて文物を広めたとされ、のちに武運の神・国家鎮護の神として崇められました。全国の八幡宮・八幡神社の主祭神であり、日本でもっとも広く祀られている神さまのひとつです。
誉田別命の基本情報
別の表記
応神天皇/誉田別尊/品陀和氣命
『日本書紀』『古事記』ほか。八幡神・八幡大神とも
神格
武運・弓矢の神
勝運・出世開運・厄除け。文教・殖産の祖ともされる
系統
八幡信仰の主祭神
総本宮
宇佐神宮
大分県宇佐市
神使
鳩
御代
第15代天皇
4世紀後半〜5世紀初頭ごろの在位と推定される
誉田別命の系譜
系譜(血縁)
子
子
この神誉田別命ほんだわけのみこと
血縁× 夫婦※ 祖父母は父方・母方をまとめて表示しています。続柄は出典にもとづく図示で、伝承上の関係を含みます
弓矢の神、そして開運の神
八幡さまが授けるとされるのは、まず武運と勝運です。弓矢の神として武家の信仰を集めたことから、いまも必勝祈願・厄除け・出世開運の神として親しまれています。加えて応神天皇の御代には、弓月君や王仁といった渡来の人びとが技術と学問をもたらしたと伝えられ、ものづくり・文教・殖産の守り神という一面もあります。母である神功皇后とあわせて祀られることが多く、安産・子育ての祈願で訪れる人も少なくありません。
八幡大菩薩 — 神でありながら菩薩号を持つ
同一の神とされる
八幡神は早くから仏教と結びつき、天応元年(781年)には朝廷から菩薩号を贈られて「八幡大菩薩」と呼ばれました。神が菩薩号を持つのは神仏習合を象徴する出来事で、僧の姿で表した「僧形八幡神」の像もつくられています。明治の神仏分離によって菩薩号は公には用いられなくなりましたが、扁額や古文書にその名残を見ることができます。
なぜ武家は八幡神を選んだのか
八幡神を武神として広めた立役者は、清和源氏でした。源義家は石清水八幡宮の神前で元服して「八幡太郎義家」と名乗り、東国での戦いで武名を高めます。のちに源頼朝が鎌倉に鶴岡八幡宮を据えて武家政権の守護神とすると、御家人たちも競うように自領へ八幡神を勧請しました。応神天皇という「実在した大王」の神霊であることが、家の由緒を語りたい武士たちにとって都合がよかったともいわれます。こうして八幡宮は鎌倉から戦国期にかけて全国へ広がりました。
誉田別命を祀る神社(18社)
総本宮・社格・称号の順に、代表的な16社を表示しています。
宇佐神宮八幡総本宮
うさじんぐう ・ 大分県 ・ 官幣大社
石清水八幡宮二所宗廟
いわしみずはちまんぐう ・ 京都府 ・ 官幣大社
鹿児島神宮
かごしまじんぐう ・ 鹿児島県 ・ 官幣大社
筥崎宮日本三大八幡
はこざきぐう ・ 福岡県 ・ 官幣大社
新田神社薩摩国一宮
にったじんじゃ ・ 鹿児島県 ・ 国幣中社
鶴岡八幡宮
つるがおかはちまんぐう ・ 神奈川県 ・ 国幣中社
千栗八幡宮肥前国一宮
ちりくはちまんぐう ・ 佐賀県 ・ 国幣小社
柞原八幡宮豊後国一宮
ゆすはらはちまんぐう ・ 大分県 ・ 国幣小社
藤崎八旛宮
ふじさきはちまんぐう ・ 熊本県 ・ 国幣小社
鎮守府八幡宮
ちんじゅふはちまんぐう ・ 岩手県 ・ 県社
誉田八幡宮
こんだはちまんぐう ・ 大阪府 ・ 府社
大宮八幡宮
おおみやはちまんぐう ・ 東京都 ・ 府社
富岡八幡宮
とみおかはちまんぐう ・ 東京都 ・ 府社
手向山八幡宮
たむけやまはちまんぐう ・ 奈良県 ・ 県社
大分八幡宮
だいぶはちまんぐう ・ 福岡県 ・ 県社
大崎八幡宮国宝(社殿)
おおさきはちまんぐう ・ 宮城県 ・ 村社
※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。
誉田別命にゆかりの神
息長帯比売命(神功皇后)母。八幡三神の一柱として並び祀られます。仲哀天皇父。第14代天皇で、日本武尊の子とされます。比売大神八幡三神の一柱。宇佐神宮では二之御殿に祀られます。八幡大菩薩神仏習合における八幡神の呼び名。
誉田別命のよくある質問
誉田別命と応神天皇は同じ神さまですか?▾
同じ方を指します。「応神天皇」は奈良時代に贈られた漢風諡号で、和風の名が誉田別尊(誉田別命)・品陀和氣命です。神社では和風の名で祀られることが多く、八幡神・八幡大神とも呼ばれます。
どんなご利益がありますか?▾
弓矢・武運の神として、必勝祈願・勝運・出世開運・厄除けの信仰が篤い神さまです。渡来の文物を招いたという伝承から、学芸や産業の守り神ともされます。
なぜ全国の八幡宮で祀られているのですか?▾
総本宮の宇佐神宮から各地へ勧請(分霊)されたためです。とくに源氏をはじめとする武家が守護神として自領に迎えたことで、鎌倉期以降に急速に広がりました。
八幡三神とは誰のことですか?▾
誉田別命(応神天皇)・比売大神・息長帯比売命(神功皇后)の三柱をいいます。宇佐神宮では一之御殿から三之御殿に、それぞれ祀られています。
関連するページ
- 生没年・在位年は記紀の伝承にもとづく記述で、実年代は推定です(4世紀後半〜5世紀初頭ごろとされます)。
- 八幡神=応神天皇とする理解が広まった時期については諸説があります。
最終確認日:2026-07-20