⛩ やしろめぐりyashiromeguri
さがえはちまんぐう

寒河江八幡宮

八幡信仰 →県社山形県寒河江市八幡町5-70公式サイト ↗

山形県寒河江市に鎮座する寒河江八幡宮は、寛治7年(1093年)に源頼義・源義家親子が京都男山八幡宮を勧請したことで創建されたと伝えられています。その後、建久2年(1191年)に大江親広が鶴岡八幡宮から分霊を勧請して現在地に社殿が築かれ、寒河江氏の産土神として武家の厚い崇敬を集めました。現在、境内には貞享3年建築の本殿や安永4年建築の拝殿が残り、1940年には県社に昇格しています。また、例大祭で行われる流鏑馬は古式流鏑馬と作試し流鏑馬の二種からなり、作柄を占う行事として継承されています。このほか、9月の例大祭における東北一の大神輿渡御など、歴史ある行事が今日まで続いています。

出典: Wikipedia(寒河江八幡宮) ↗

祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
西寒河江駅 徒歩約5分(約360m・直線距離)

基本情報

所在地山形県寒河江市八幡町5-70
御祭神誉田別命(通称 応神天皇)
創建寛治7年(1093年)
旧社格県社
信仰系統八幡信仰
勧請元鶴岡八幡宮(神奈川県)/石清水八幡宮(京都府)(諸説あり)
創建者未確認

寒河江八幡宮の御祭神

寒河江八幡宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)の1柱です。

祭祀構成 — 八幡信仰の標準

系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。

系譜(血縁) — 誉田別命の血筋

誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。

親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる

誉田別命

ほんだわけのみこと通称 応神天皇この神さまを詳しく →

八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。

八幡信仰の祭神と系譜を見る →

ご利益 (出典つき)

アクセス

所在地
山形県寒河江市八幡町5-70
最寄駅
西寒河江駅 徒歩約5分(約360m・直線距離)
駐車場
未確認

寒河江八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ

寒河江八幡宮の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から寒河江八幡宮までの流れを図にまとめています。

725
伝
宇佐神宮大分県総本宮
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の拠り所として繁栄した。
859
貞観元年
石清水八幡宮京都府主要分社
武神として源氏の崇敬を集め、その広がりとともに各地へ分霊が勧請された。
1093
寛治7年
寒河江八幡宮山形県このお宮
discover_shrines.py で登録(2026-07-27)/祭神の名寄せ不能: 大山祇神 / 1093年に京都男山八幡宮(=石清水)を勧請して創建。1191年に鶴岡八幡宮から改めて分霊を勧請し合祀(Wikipedia・T-241。創建時の勧請元を採る)
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
この神社の関係者の方へ
公式ページとして認証すれば、この情報を無料で編集・公開できます。祈祷の受付時間や御朱印の案内も、変更のたびに更新できます。
公式ページを開設する →
情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等