石清水八幡宮
京都府八幡市の男山山上に鎮座する石清水八幡宮は、伊勢神宮と並び「二所宗廟」と崇敬される歴史ある神社です。本殿を含む建造物10棟が国宝に指定されており、かつては戦艦の艦内神社であったことでも知られています。「やわたのはちまんさん」として親しまれる境内は国の史跡に指定され、四季折々の風情とともに由緒ある建築美を堪能できます。
基本情報
石清水八幡宮の御祭神
石清水八幡宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)・息長帯比売命(通称 神功皇后)・比売大神・八幡大菩薩・多紀理毘売命・多岐津姫命・市杵島姫命の7柱です。
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
多くは宗像三女神(多岐津姫・市杵嶋姫・多紀理姫)と同一視されます。玉依姫とする社もあり、その正体には諸説があります。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
ご利益 (出典つき)
アクセス
京都府八幡市八幡高坊30
ケーブル八幡宮山上駅 徒歩約2分(約130m・直線距離)
6時~18時(南総門。年末年始は変動)
未確認
祈祷・授与所
9時~16時(年末年始は変動)
9時~16時(おふだ・おまもり・御朱印。年末年始は変動)
5,000円以上/7,000円以上/10,000円以上。特別祈祷は30,000円以上(毎月祈祷)・50,000円以上(毎日祈祷)
初穂料500円(刺繍御朱印1,500円)。御本社向かって右側の「おふだ・お守り授与所」
近くの神社
当サイトに掲載している神社のうち、直線距離で約3km以内のものです。付近の神社のすべてではありません。
石清水八幡宮の由緒
行教の神託と男山への勧請
貞観元年(859年)、南都大安寺の僧・行教が宇佐神宮に参籠し、「われ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との神託を受けたと伝えられます。これを朝廷に奏上し、清和天皇の命によって翌貞観2年(860年)、男山の石清水寺の境内に八幡造の社殿が造営されたのが創建とされます(創建年は『元亨釈書』などが859年、『類聚国史』などが860年とし、記録によって異なります)。「石清水」の社名は、男山の中腹から湧き出る清水に由来するといわれます。創建の当初から神宮寺の護国寺と一体の「宮寺」形式をとり、要職は行教の系統である紀氏が長く務めました。
二所宗廟 — 伊勢に次ぐ社へ
都の近くに創建されたことから朝廷の尊信を受け、天慶2年(939年)には伊勢神宮に次いで奉幣される地位を得て、伊勢とともに「二所宗廟」と称されるようになります。平安京の北東(鬼門)を守護する延暦寺に対し、南西の裏鬼門を守る王城鎮護の社と位置づけられ、天皇・上皇・法皇の行幸啓は250余を数えました。二十二社の上七社に列し、明治16年(1883年)には勅祭社となります。例祭の石清水祭(9月15日)は、葵祭・春日祭とともに日本三大勅祭のひとつに数えられます。神仏習合の時代には「放生会」と呼ばれていた祭です。
源氏の氏神 — 八幡太郎義家と分社の広がり
八幡神を氏神とする清和源氏の崇敬はことに篤く、源義家は7歳のときこの社で元服して「八幡太郎義家」を名乗りました。以後、足利氏・徳川氏・今川氏・武田氏など源氏の諸氏族が氏神と仰ぎ、武神・弓矢の神・必勝の神として広く信仰されます。源頼義による壺井八幡宮、頼義・頼朝による鎌倉の鶴岡八幡宮をはじめ、当宮から数多くの八幡宮へ分霊が勧請されました。建久6年(1195年)に参拝した源頼朝が奉納した松(頼朝松)は、二代目が境内に立っています。
男山四十八坊と神仏分離
江戸時代まで、参道には護国寺や極楽寺をはじめ「男山四十八坊」と呼ばれる塔頭・宿坊が軒を連ねていました。寛永の三筆・松花堂昭乗もこの社に仕える社僧です。山麓の高良神社を八幡宮と思い込んで帰った法師の話(『徒然草』)は、その壮大さゆえの逸話として知られます。慶応4年(1868年)の神仏分離令により神号は「八幡大菩薩」から「八幡大神」へ改められ、翌年には社号も「男山八幡宮」に改称、護国寺は廃寺となりました。仏教建築の大塔と宝塔は解体され、現在は跡地の礎石が残ります。社号が「石清水八幡宮」に復したのは大正7年(1918年)のことです。
見どころ
年中行事 (主なもの)
※ 日程は年によって変わることがあります。参拝の予定を立てる際は公式サイトでご確認ください。
石清水八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ
石清水八幡宮の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から石清水八幡宮までの流れを図にまとめています。
石清水八幡宮から広がった社 (当サイト掲載分19社)
石清水八幡宮から御分霊を勧請したと伝わる神社です。勧請の年代や経緯には諸説があり、各社のページに出典を記しています。
総本宮・社格・称号の順に16社を表示しています。
※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。
巡拝・名数での位置づけ
石清水八幡宮が登場する読み物
本文で石清水八幡宮に触れている特集記事です。
石清水八幡宮のよくある質問
石清水八幡宮はどんな神社ですか?▾
石清水祭とはどんなお祭りですか?▾
「やわたのはちまんさん」と呼ばれるのはなぜですか?▾
エジソンの記念碑があるのはなぜですか?▾
源氏とはどのような関わりがありますか?▾
- 創建年は史料によって貞観元年(859年)と貞観2年(860年)に分かれます。
- 日本三大八幡宮の三社目は、筥崎宮とする説と鶴岡八幡宮とする説があります。
- 「目貫きの猿」「黄金の樋」などの逸話は伝承として伝わるものです。