⛩ やしろめぐりyashiromeguri
もりおかはちまんぐう

盛岡八幡宮

八幡信仰 →県社岩手県盛岡市八幡町13-1公式サイト ↗

盛岡八幡宮は、康平5年(1062年)に源頼義が安倍氏討伐の戦勝を祈願して石清水八幡を勧請したことに始まると伝えられています。文禄2年には盛岡城の城内鎮守として再建され、延宝8年には南部重信が南部氏の氏神である櫛引八幡を勧請して祀るなど、南部氏との深い関わりを持つ神社となりました。現在は盛岡の総鎮守とされ、神事のチャグチャグ馬コや例祭の山車行事、流鏑馬神事で知られています。境内には岩手護國神社や各十二支の守り神を祀る神社などが鎮座し、宝暦13年に南部利雄によって築造された旧鳥居も移築保存されています。2020年東京オリンピックでは聖火リレーのセレブレーション会場にも選ばれました。

出典: Wikipedia(盛岡八幡宮) ↗

祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
仙北町駅 徒歩約20分(約1.5km・直線距離)

基本情報

所在地岩手県盛岡市八幡町13-1
御祭神誉田別命(通称 応神天皇)
創建康平5年(1062年)
旧社格県社
信仰系統八幡信仰
勧請元石清水八幡宮(京都府)
創建者未確認

盛岡八幡宮の御祭神

盛岡八幡宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)の1柱です。

祭祀構成 — 八幡信仰の標準

系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。

系譜(血縁) — 誉田別命の血筋

誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。

親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる

誉田別命

ほんだわけのみこと通称 応神天皇この神さまを詳しく →

八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。

八幡信仰の祭神と系譜を見る →

ご利益 (出典つき)

アクセス

所在地
岩手県盛岡市八幡町13-1
最寄駅
仙北町駅 徒歩約20分(約1.5km・直線距離)
駐車場
未確認

盛岡八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ

盛岡八幡宮の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から盛岡八幡宮までの流れを図にまとめています。

725
伝
宇佐神宮大分県総本宮
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の拠り所として繁栄した。
859
貞観元年
石清水八幡宮京都府主要分社
武神として源氏の崇敬を集め、その広がりとともに各地へ分霊が勧請された。
1062
康平5年
盛岡八幡宮岩手県このお宮
discover_shrines.py で登録(2026-07-27)/祭神の名寄せ不能: を主祭神とし、他に、春日大神、白山大神 / 1062年に源頼義が石清水八幡を勧請と伝わる(Wikipedia・T-241)
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等