⛩ やしろめぐりyashiromeguri
うさじんぐう

宇佐神宮

八幡信仰 →官幣大社・八幡総本宮大分県宇佐市大字南宇佐2859公式サイト ↗

大分県宇佐市に鎮座する宇佐神宮は、全国に約44,000社ある八幡宮の総本社とされます。本殿は国宝に指定されており、境内は国の史跡となっています。創建は725年と伝えられ、八幡大神・比売大神・神功皇后を主祭神として祀り、二拝四拍手一拝の作法で参拝が行われています。

出典: Wikipedia(宇佐神宮) ↗

祈祷受付
9時~16時(毎日/正月期間中を除く)
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
未確認

基本情報

所在地大分県宇佐市大字南宇佐2859
御祭神誉田別命(通称 応神天皇)・比売大神・息長帯比売命(通称 神功皇后)・多紀理毘売命・多岐津姫命・市杵島姫命
創建725年(伝)
旧社格官幣大社・八幡総本宮
信仰系統八幡信仰
勧請元未確認
創建者大神比義命

宇佐神宮の御祭神

宇佐神宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)・比売大神・息長帯比売命(通称 神功皇后)・多紀理毘売命・多岐津姫命・市杵島姫命の6柱です。

祭祀構成 — 八幡信仰の標準

系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。

系譜(血縁) — 誉田別命の血筋

誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。

親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる

誉田別命

ほんだわけのみこと通称 応神天皇この神さまを詳しく →

八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。

比売大神

ひめのおおかみこの神さまを詳しく →

多くは宗像三女神(多岐津姫・市杵嶋姫・多紀理姫)と同一視されます。玉依姫とする社もあり、その正体には諸説があります。

息長帯比売命

おきながたらしひめのみこと通称 神功皇后この神さまを詳しく →

応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。

多紀理毘売命

たごりひめのみことこの神さまを詳しく →

比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。

多岐津姫命

たぎつひめのみことこの神さまを詳しく →

比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。

市杵島姫命

いちきしまひめのみことこの神さまを詳しく →

比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。

八幡信仰の祭神と系譜を見る →

ご利益 (出典つき)

アクセス

所在地
大分県宇佐市大字南宇佐2859
最寄駅
未確認
駐車場
御本殿周辺に駐車場なし。外苑駐車場(普通車・二輪車400台/大型・中型・マイクロバス20台)ほか周辺有料駐車場を利用
出典usajinguu.com ↗(2026-07-25 確認)
時間・料金は変動します。参拝前に公式サイトでご確認ください。

祈祷・授与所

祈祷受付時間
9時~16時(毎日/正月期間中を除く)
授与所
未確認
出典usajinguu.com ↗(2026-07-25 確認)
時間・料金は変動します。参拝前に公式サイトでご確認ください。

宇佐神宮の由緒

鍛冶翁の託宣 — 八幡さまのはじまり

社伝によれば、欽明天皇32年(571年とされる)、宇佐郡の厩峯と菱形池のあいだに鍛冶翁(かじおう)が降り立ち、大神比義(おおがのひぎ)が祈ると三才童児の姿となって「我は誉田天皇広幡八幡麻呂、護国霊験の大菩薩」と告げたと伝えられます。全国の八幡宮の多くが応神天皇(誉田天皇)を祭神とするのは、この託宣によると考えられています。もっとも、この地の信仰はそれ以前にさかのぼるとみられ、南に立つ御許山(おもとさん)山頂の三つの巨石を祀る大元神社には、豪族・宇佐氏の磐座(いわくら)信仰の面影が残ります。そこへ辛嶋氏が比売大神の信仰を持ち込んだとみる説があります。社殿は神亀2年(725年)に亀山へ一之殿が造営され、天平元年(729年)に二之殿、弘仁14年(823年)に三之殿が加わって現在の三殿の形が整いました。

大仏造立と道鏡事件 — 中央と結んだ神

宇佐の八幡神が全国的な存在になった契機は、奈良時代の朝廷との結びつきでした。天平12年(740年)の藤原広嗣の乱では官軍の大将軍・大野東人が決戦を前に戦勝を祈願し、天平15年(743年)の東大寺造営にあたっては宮司らが託宣を携えて上京し、大仏造立を支援したと伝えられます。さらに神護景雲3年(769年)の宇佐八幡宮神託事件(道鏡事件)では、皇位の継承という国家の根幹にまで神託が関わりました。こうして宇佐は伊勢神宮に次ぐ皇室の宗廟として崇敬を集めます。奈良時代から平安時代にかけては、天皇の代替わりなど重要な折に「宇佐使(うさづかい)」という勅使が派遣され、道鏡事件の故事にちなんで和気清麻呂の子孫である和気氏が務めるのが通例でした。

焼き討ちと再建 — 中世から近代へ

平安時代には大宮司家の大神氏に代わって宇佐氏が大宮司を務めるようになり、神宮寺の弥勒寺とあわせて九州最大の荘園領主となったとされます。源平争乱では平氏方についたことから豊後の緒方氏に焼き討ちされ、このとき神体が奪われたと伝えられます(のちに発見されましたが、朝廷の裁定で石清水八幡宮が管理することになりました)。戦国時代には大内氏の庇護を受けて社殿が復興される一方、大内氏の滅亡後は後ろ盾を失い、大友宗麟の手で再び焼き討ちに遭っています。江戸時代には幕府から寄進された神領が存続し、明治4年(1871年)に「宇佐神社」として官幣大社に列格しました。現在の社号に復したのちも、10年に1度の勅使祭(臨時奉幣祭)が続いています。

見どころ

二拝四拍手一拝
宇佐神宮の参拝作法は、一般的な二拝二拍手一拝ではなく二拝四拍手一拝です。手水を使い、拍手は四回。境内の案内にも掲示されています。
国宝の本殿三棟と八幡造
小高い亀山の山頂に鎮座する上宮の本殿3棟は国宝。前後2棟の建物を連ねる「八幡造」と呼ばれる独特の様式で、この社が八幡宮建築の源であることを伝えます。境内は国の史跡、社叢は国の天然記念物です。
中央に座すのは比売大神
主神は一之御殿の八幡大神(応神天皇)とされますが、実際に本殿で主神の位置である中央に配されているのは二之御殿の比売大神です。なぜそうなっているのかは分かっていません。
奥宮・大元神社と御許山
境内の南に立つ御許山(標高647m)の山頂には奥宮の大元神社が鎮座し、三つの巨石を比売大神(宗像三女神)の顕現として祀ります。比売大神が地上に最初に降り立った地とされる場所です。
弥勒寺の礎石
神仏分離以前、宇佐は神宮寺の弥勒寺と一体で「宇佐八幡宮弥勒寺」と称していました。廃仏毀釈で弥勒寺は取り壊され、いまは礎石だけが残っています。
懐良親王が奉納した剣
重要文化財の白鞘入剣は、正平13年(1358年)に征西大将軍・懐良(かねよし)親王が武運長久を祈願して奉納したもの。宝物館には国宝の孔雀文磬(くじゃくもんけい)も収められています。

八幡信仰のひろがり

以下は八幡信仰が各地へ広がった代表的なながれで、宇佐神宮一社の勧請の来歴をたどったものではありません。宇佐神宮はこのながれのなかに現れます。

559
伝・欽明天皇勅願
誉田八幡宮大阪府独立創建
応神天皇陵に隣接し、源頼朝をはじめとする歴代将軍や武家の崇敬を集め、八幡信仰が武家社会へ浸透する拠点となった。
725
伝
宇佐神宮大分県このページの神社総本宮
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の拠り所として繁栄した。
726
伝
大分八幡宮福岡県主要分社
726年創建。筥崎宮の元宮であり、遷座後も九州五所別宮の第一社として八幡信仰の拠点的な役割を担い続けた。
802
伝
鎮守府八幡宮岩手県主要分社
802年頃、坂上田村麻呂により東北の鎮守府へ勧進された、八幡信仰の北限を示す主要分社。
859
貞観元年
石清水八幡宮京都府主要分社
武神として源氏の崇敬を集め、その広がりとともに各地へ分霊が勧請された。
1063
康平6年
鶴岡八幡宮神奈川県主要分社
源頼朝が鎌倉に遷座し幕府の中枢を整備したことで、武家の崇敬を集め関東における八幡信仰の拠点となった。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。

八幡信仰のルーツを詳しく見る →

宇佐神宮から広がった社 (当サイト掲載分17社)

宇佐神宮から御分霊を勧請したと伝わる神社です。勧請の年代や経緯には諸説があり、各社のページに出典を記しています。

総本宮・社格・称号の順に16社を表示しています。

石清水八幡宮二所宗廟別表神社二十二社勅祭社
いわしみずはちまんぐう ・ 京都府 ・ 官幣大社詳しく →
新田神社薩摩国一宮別表神社
にったじんじゃ ・ 鹿児島県 ・ 国幣中社詳しく →
千栗八幡宮肥前国一宮別表神社
ちりくはちまんぐう ・ 佐賀県 ・ 国幣小社詳しく →
柞原八幡宮豊後国一宮別表神社
ゆすはらはちまんぐう ・ 大分県 ・ 国幣小社詳しく →
琴崎八幡宮別表神社
ことざきはちまんぐう ・ 山口県 ・ 県社詳しく →
日牟禮八幡宮別表神社
ひむれはちまんぐう ・ 滋賀県 ・ 県社詳しく →
平塚八幡宮別表神社
ひらつかはちまんぐう ・ 神奈川県 ・ 県社詳しく →
甲宗八幡神社別表神社
こうそうはちまんじんじゃ ・ 福岡県 ・ 県社詳しく →
鎮守府八幡宮
ちんじゅふはちまんぐう ・ 岩手県 ・ 県社詳しく →
生目神社
いきめじんじゃ ・ 宮崎県 ・ 県社詳しく →
離宮八幡宮
りきゅうはちまんぐう ・ 京都府 ・ 府社詳しく →
琴弾八幡宮
ことひきはちまんぐう ・ 香川県 ・ 県社詳しく →
武田八幡宮
たけだはちまんぐう ・ 山梨県 ・ 県社詳しく →
手向山八幡宮
たむけやまはちまんぐう ・ 奈良県 ・ 県社詳しく →
放生津八幡宮
ほうじょうづはちまんぐう ・ 富山県 ・ 県社詳しく →
大分八幡宮
だいぶはちまんぐう ・ 福岡県 ・ 県社詳しく →

※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。

巡拝・名数での位置づけ

宇佐神宮のよくある質問

宇佐神宮はどんな神社ですか?▾
全国に約44,000社あるとされる八幡宮の総本社です。豊前国一宮・勅祭社で、旧社格は官幣大社。古代には伊勢神宮とともに「二所宗廟」として扱われ、皇室の崇敬を集めてきました。上宮の本殿3棟は国宝、境内は国の史跡です。
参拝の作法が違うと聞きました。▾
宇佐神宮では二拝四拍手一拝を作法としています。一般的な二拝二拍手一拝とは拍手の数が異なります。
上宮と下宮のどちらを参拝すればよいですか?▾
本殿は、亀山の山頂に鎮座する上宮と、その山麓の下宮からなります。祭神はどちらも同じ三柱です。上宮へは高齢の方や車椅子の方のためにスロープカーが設けられています。
比売大神とはどなたですか?▾
宗像三女神(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)とされる女神で、二之御殿に祀られています。御許山の山頂に降り立った神と伝えられ、奥宮の大元神社では三つの巨石をその顕現として祀ります。
宇佐神宮より古い八幡宮があると聞きました。▾
託宣集『八幡宇佐宮御託宣集』は、筑前国穂波郡の大分八幡宮(福岡県飯塚市)を宇佐の本宮と記しています。また元宮として、大分県中津市の薦神社や福岡県築上町の金富神社(矢幡八幡宮)を挙げる説もあります。いずれも当サイトでは諸説として扱っています。
  • 創建年(欽明天皇32年=571年とされる年)は社伝にもとづく伝承で、確定した年代ではありません。
  • 「全国約44,000社」は数え方によって変わります(本社を祭神で分類した集計では約7,800社とする調査もあります)。
  • 元宮・本宮については複数の説があり、当サイトはいずれかを正解として断定していません。
  • 日本三大八幡宮の三社目は、筥崎宮とする説と鶴岡八幡宮とする説があります。
  • 年中行事は公式サイトが機械的に取得できず(HTTPのみで配信)、当サイトでは未掲載です。参拝前に公式サイトでご確認ください。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等