宇佐神宮
大分県宇佐市に鎮座する宇佐神宮は、全国に約44,000社ある八幡宮の総本社とされます。本殿は国宝に指定されており、境内は国の史跡となっています。創建は725年と伝えられ、八幡大神・比売大神・神功皇后を主祭神として祀り、二拝四拍手一拝の作法で参拝が行われています。
基本情報
宇佐神宮の御祭神
宇佐神宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)・比売大神・息長帯比売命(通称 神功皇后)・多紀理毘売命・多岐津姫命・市杵島姫命の6柱です。
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
多くは宗像三女神(多岐津姫・市杵嶋姫・多紀理姫)と同一視されます。玉依姫とする社もあり、その正体には諸説があります。
応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
ご利益 (出典つき)
アクセス
大分県宇佐市大字南宇佐2859
未確認
御本殿周辺に駐車場なし。外苑駐車場(普通車・二輪車400台/大型・中型・マイクロバス20台)ほか周辺有料駐車場を利用
祈祷・授与所
宇佐神宮の由緒
鍛冶翁の託宣 — 八幡さまのはじまり
社伝によれば、欽明天皇32年(571年とされる)、宇佐郡の厩峯と菱形池のあいだに鍛冶翁(かじおう)が降り立ち、大神比義(おおがのひぎ)が祈ると三才童児の姿となって「我は誉田天皇広幡八幡麻呂、護国霊験の大菩薩」と告げたと伝えられます。全国の八幡宮の多くが応神天皇(誉田天皇)を祭神とするのは、この託宣によると考えられています。もっとも、この地の信仰はそれ以前にさかのぼるとみられ、南に立つ御許山(おもとさん)山頂の三つの巨石を祀る大元神社には、豪族・宇佐氏の磐座(いわくら)信仰の面影が残ります。そこへ辛嶋氏が比売大神の信仰を持ち込んだとみる説があります。社殿は神亀2年(725年)に亀山へ一之殿が造営され、天平元年(729年)に二之殿、弘仁14年(823年)に三之殿が加わって現在の三殿の形が整いました。
大仏造立と道鏡事件 — 中央と結んだ神
宇佐の八幡神が全国的な存在になった契機は、奈良時代の朝廷との結びつきでした。天平12年(740年)の藤原広嗣の乱では官軍の大将軍・大野東人が決戦を前に戦勝を祈願し、天平15年(743年)の東大寺造営にあたっては宮司らが託宣を携えて上京し、大仏造立を支援したと伝えられます。さらに神護景雲3年(769年)の宇佐八幡宮神託事件(道鏡事件)では、皇位の継承という国家の根幹にまで神託が関わりました。こうして宇佐は伊勢神宮に次ぐ皇室の宗廟として崇敬を集めます。奈良時代から平安時代にかけては、天皇の代替わりなど重要な折に「宇佐使(うさづかい)」という勅使が派遣され、道鏡事件の故事にちなんで和気清麻呂の子孫である和気氏が務めるのが通例でした。
焼き討ちと再建 — 中世から近代へ
平安時代には大宮司家の大神氏に代わって宇佐氏が大宮司を務めるようになり、神宮寺の弥勒寺とあわせて九州最大の荘園領主となったとされます。源平争乱では平氏方についたことから豊後の緒方氏に焼き討ちされ、このとき神体が奪われたと伝えられます(のちに発見されましたが、朝廷の裁定で石清水八幡宮が管理することになりました)。戦国時代には大内氏の庇護を受けて社殿が復興される一方、大内氏の滅亡後は後ろ盾を失い、大友宗麟の手で再び焼き討ちに遭っています。江戸時代には幕府から寄進された神領が存続し、明治4年(1871年)に「宇佐神社」として官幣大社に列格しました。現在の社号に復したのちも、10年に1度の勅使祭(臨時奉幣祭)が続いています。
見どころ
八幡信仰のひろがり
以下は八幡信仰が各地へ広がった代表的なながれで、宇佐神宮一社の勧請の来歴をたどったものではありません。宇佐神宮はこのながれのなかに現れます。
宇佐神宮から広がった社 (当サイト掲載分17社)
宇佐神宮から御分霊を勧請したと伝わる神社です。勧請の年代や経緯には諸説があり、各社のページに出典を記しています。
総本宮・社格・称号の順に16社を表示しています。
※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。
巡拝・名数での位置づけ
宇佐神宮が登場する読み物
本文で宇佐神宮に触れている特集記事です。
宇佐神宮のよくある質問
宇佐神宮はどんな神社ですか?▾
参拝の作法が違うと聞きました。▾
上宮と下宮のどちらを参拝すればよいですか?▾
比売大神とはどなたですか?▾
宇佐神宮より古い八幡宮があると聞きました。▾
- 創建年(欽明天皇32年=571年とされる年)は社伝にもとづく伝承で、確定した年代ではありません。
- 「全国約44,000社」は数え方によって変わります(本社を祭神で分類した集計では約7,800社とする調査もあります)。
- 元宮・本宮については複数の説があり、当サイトはいずれかを正解として断定していません。
- 日本三大八幡宮の三社目は、筥崎宮とする説と鶴岡八幡宮とする説があります。
- 年中行事は公式サイトが機械的に取得できず(HTTPのみで配信)、当サイトでは未掲載です。参拝前に公式サイトでご確認ください。