だいぶはちまんぐう
大分八幡宮
726年創建と伝わる大分八幡宮は、筥崎宮の元宮として知られる由緒ある神社です。境内には推定樹齢350年の大楠や美しい放生池があり、例祭の放生会では福岡県指定無形民俗文化財の「大分の獅子舞」が奉納されます。歴史の息吹を感じながら、静かな境内をゆったりと散策してみませんか。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
筑前大分駅 徒歩約10分(約750m・直線距離)
基本情報
大分八幡宮の御祭神
大分八幡宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)・息長帯比売命(通称 神功皇后)・玉依姫命の3柱です。
祭祀構成 — 八幡信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
この社の相殿・合祀
系譜(血縁) — 誉田別命の血筋
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
八幡信仰の標準的な祭神構成には含まれない御祭神です。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
福岡県飯塚市大分1272
福岡県飯塚市大分1272
最寄駅
筑前大分駅 徒歩約10分(約750m・直線距離)
筑前大分駅 徒歩約10分(約750m・直線距離)
駐車場
未確認
未確認
大分八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ
大分八幡宮の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から大分八幡宮までの流れを図にまとめています。
725
伝
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の拠り所として繁栄した。
726
伝
大分八幡宮福岡県このお宮
726年創建。筥崎宮の元宮であり、遷座後も九州五所別宮の第一社として八幡信仰の拠点的な役割を担い続けた。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
大分八幡宮から広がった社 (当サイト掲載分1社)
大分八幡宮から御分霊を勧請したと伝わる神社です。勧請の年代や経緯には諸説があり、各社のページに出典を記しています。
※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。
大分八幡宮が登場する読み物
本文で大分八幡宮に触れている特集記事です。
八幡信仰
八幡宮はどこから広がったか — 勧請でたどる系譜
八幡宮・八幡神社は全国に約4万4000社あるとされ、社号でみて最も数の多い神社のひとつです。これほど増えたのは、本社の神霊を分けて別の場所に祀る「勧請」が千年以上くり返されてきたからでした。八幡神がどこから、どんな力に押されて広がったのかを、宇佐・石清水・鶴岡という三段の系譜からたどります。
年中行事
七五三はなぜ十一月十五日に、氏神へ参るのか
七五三は十一月十五日、千歳飴、三歳・五歳・七歳。そう覚えている行事ですが、もとは三つの別々の儀礼でした。参る先も、名の知られた社ではなく生まれた土地の神です。日付と参り先の由来をたどり、初穂料の実際までを見ていきます。
この神社の関係者の方へ
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等