ことざきはちまんぐう
琴崎八幡宮
琴崎八幡宮は、貞観元年に行教が宇佐から石清水へ八幡神を勧請する途中、宇部郷琴芝の浦に行宮が設けられた際の跡地に村人が分霊を祀ったことで創建されました。歴史のなかでは、歴代領主の厚東氏、大内氏、毛利氏らから厚く崇敬を受け、1938年には県社へ昇格しています。現在は宇部市の総鎮守として広く信仰を集める存在です。境内には主祭神の誉田別命をはじめ、宗像三女神が配祀されています。山陽自動車道の宇部ICから車で約3分という立地にあり、多くの参拝者が訪れる環境が整えられています。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
琴芝駅 徒歩約34分(約2.7km・直線距離)
基本情報
琴崎八幡宮の御祭神
琴崎八幡宮の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)・多岐津姫命・仲哀天皇・息長帯比売命(通称 神功皇后)・市杵島姫命・多紀理毘売命の6柱です。
祭祀構成 — 八幡信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
系譜(血縁) — 誉田別命の血筋
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
誉田別命の親として系譜に伝わります。
応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
比売大神の実体とされる宗像三女神の一柱です。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
山口県宇部市上宇部大小路
山口県宇部市上宇部大小路
最寄駅
琴芝駅 徒歩約34分(約2.7km・直線距離)
琴芝駅 徒歩約34分(約2.7km・直線距離)
駐車場
未確認
未確認
琴崎八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ
琴崎八幡宮の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から琴崎八幡宮までの流れを図にまとめています。
725
伝
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の拠り所として繁栄した。
859
貞観元年
琴崎八幡宮山口県このお宮
discover_shrines.py で登録(2026-07-27)/祭神の名寄せ不能: 気長足比女命、足仲津比古命 / 行教が宇佐から石清水へ運ぶ途中の行宮跡に村人が祀ったとされ、どの社から勧請したかは書かれていない(T-241) / 公式サイト kotozaki.com/about/(2026-08-22 確認)が「大分県宇佐八幡宮(現:宇佐神宮)より御分霊を京都石清水八幡宮に御勧請の際…御分霊をこの地に留めました」と記す=分霊の出所は宇佐。T-241 では Wikipedia に勧請元の社名が無いとして棄却したが、一次情報が宇佐と明示するため昇格(T-242 段階2)
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等