幡
とびはたはちまんぐう
飛幡八幡宮
飛幡八幡宮は、建久年間に宇都宮重業が自身の出身地から氏神である八幡神を勧請し、花尾城の鬼門にあたる枝光村宮田山に祀ったことを起源とします。その後、戸畑村へ遷座され産土神として信仰を集め、江戸時代には藩主黒田家の祈願所として崇敬を受けました。1995年には現在の名称へ改称され、現在は旧県社として地域を見守っています。境内では、国の重要無形民俗文化財に指定された戸畑祇園大山笠が行われており、これは享和2年の疫病流行時に、神社の須佐之男命へ平癒を祈願したことが起源とされています。このように歴史ある境内において、祭神として息長帯比売命、誉田別命、素戔嗚尊、比売大神が祀られています。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
未確認
基本情報
飛幡八幡宮の御祭神
飛幡八幡宮の御祭神は息長帯比売命(神功皇后)・誉田別命(応神天皇)・素戔嗚尊・比売大神の4柱です。
祭祀構成 — 八幡信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
この社の相殿・合祀
系譜(血縁) — 誉田別命の血筋
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ この社で祀る / 淡色=この社では確認なし× 夫婦同一の神とされる※ 御殿・相殿の区分(役割)はデータ整備中
応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
素戔嗚尊
この神さまを詳しく →八幡信仰の標準的な祭神構成には含まれない御祭神です。
比売大神
この神さまを詳しく →多くは宗像三女神(多岐津姫・市杵嶋姫・多紀理姫)と同一視されます。玉依姫とする社もあり、その正体には諸説があります。
ご利益 (出典つき)
アクセス
最寄駅: 未確認
授与所 未確認
祈祷受付 未確認
駐車場 未確認
飛幡八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ
「この神社って、どこから来たの?」勧請元をさかのぼった流れを図で。歴史好きの寄り道に。
559
伝・欽明天皇勅願
欽明天皇の勅願により創建され、源氏や足利氏など武家の厚い信仰を集めた。八幡信仰が武家社会へ広がる中で重要な拠点としての役割を果たした。
725
伝
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古代には伊勢神宮に次ぐ二所宗廟として崇敬され、八幡信仰の中心地として皇室との強い結びつきや国家的な神託を担った。
726
伝
726年創建の筥崎宮元宮であり、遷座後も九州五所別宮の第一社として八幡信仰の拠点機能を維持した。
802
伝
坂上田村麻呂が創建したと伝わり、平安京以前から東北の鎮守府へ八幡信仰が伝播していたことを示す重要拠点。
859
貞観元年
源氏の氏神として崇敬された武神であり、源氏の勢力拡大に伴い壺井八幡宮や鶴岡八幡宮など各地へ八幡神が分霊される拠点となった。
1063
康平6年
源頼朝が鎌倉幕府を開いたことで武家の崇敬を集め、東国における八幡信仰の拠点として広くその名を知らしめた。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-07-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等