はちまんあさみじんじゃ
八幡朝見神社
八幡朝見神社は、建久7年に大友能直が豊後に入国した際、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して創建されました。以降、大友氏の崇敬を受けて歴史を重ね、後に豊後八幡七社のひとつに数えられるなど重要な位置を占めるようになりました。江戸時代には社殿の再興や新築を経て社勢を盛んにし、明治時代以降には県社に昇格しています。現在、境内には大分県指定天然記念物のクスノキとアラカシ林があり、特別保護樹林にも指定されています。また、第二次大戦後に温泉神社を合祀した同社は、現在も4月に行われる別府八湯温泉まつりの中心として、地域で親しまれています。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
別府駅 徒歩約13分(約1.0km・直線距離)
基本情報
八幡朝見神社の御祭神
八幡朝見神社の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇)・息長帯比売命(通称 神功皇后)・仲哀天皇の3柱です。
祭祀構成 — 八幡信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
系譜(血縁) — 誉田別命の血筋
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。
誉田別命の親として系譜に伝わります。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
大分県別府市朝見二丁目15-19
大分県別府市朝見二丁目15-19
最寄駅
別府駅 徒歩約13分(約1.0km・直線距離)
別府駅 徒歩約13分(約1.0km・直線距離)
駐車場
未確認
未確認
八幡朝見神社のルーツ — 総本山からのながれ
八幡朝見神社の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から八幡朝見神社までの流れを図にまとめています。
725
伝
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の拠り所として繁栄した。
859
貞観元年
武神として源氏の崇敬を集め、その広がりとともに各地へ分霊が勧請された。
1063
康平6年
源頼朝が鎌倉に遷座し幕府の中枢を整備したことで、武家の崇敬を集め関東における八幡信仰の拠点となった。
1196
建久7年
八幡朝見神社大分県このお宮
discover_shrines.py で登録(2026-07-27)/祭神の名寄せ不能: 大鷦鷯尊 / 1196年に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請と伝わる(Wikipedia・T-241)
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
この神社の関係者の方へ
公式ページとして認証すれば、この情報を無料で編集・公開できます。祈祷の受付時間や御朱印の案内も、変更のたびに更新できます。
情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等