幡
あゆかいはちまんぐう
鮎貝八幡宮
山形県西置賜郡白鷹町に鎮座する鮎貝八幡宮は、康平3年(1060年)に鎮守府将軍としてこの地に下降した源義家が、八幡神を勧請し錦旗を神体として社地を定めたことで創建されました。江戸時代に入ると、領主である上杉氏の祈願所としての役割を担うとともに、近隣18か村の総鎮守として地域から崇敬を集めるようになります。明治31年には鮎貝城本丸跡の現在地に社殿が移築され、現在は誉田別命を主祭神として祀っています。境内には天保14年建築の本殿が残り、10月の例大祭には白鷹町指定無形文化財である七五三獅子舞が奉納されるなど、往時の歴史と伝統的な行事が現代に受け継がれています。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
未確認
基本情報
鮎貝八幡宮の御祭神
鮎貝八幡宮の御祭神は誉田別命(応神天皇)の1柱です。
祭祀構成 — 八幡信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
系譜(血縁) — 誉田別命の血筋
誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ)✓ この社で祀る / 淡色=この社では確認なし× 夫婦同一の神とされる※ 御殿・相殿の区分(役割)はデータ整備中
八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。
ご利益 (出典つき)
未確認
アクセス
最寄駅: 未確認
授与所 未確認
祈祷受付 未確認
駐車場 未確認
鮎貝八幡宮のルーツ — 総本山からのながれ
「この神社って、どこから来たの?」勧請元をさかのぼった流れを図で。歴史好きの寄り道に。
559
伝・欽明天皇勅願
欽明天皇の勅願により創建され、源氏や足利氏など武家の厚い信仰を集めた。八幡信仰が武家社会へ広がる中で重要な拠点としての役割を果たした。
725
伝
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古代には伊勢神宮に次ぐ二所宗廟として崇敬され、八幡信仰の中心地として皇室との強い結びつきや国家的な神託を担った。
726
伝
726年創建の筥崎宮元宮であり、遷座後も九州五所別宮の第一社として八幡信仰の拠点機能を維持した。
802
伝
坂上田村麻呂が創建したと伝わり、平安京以前から東北の鎮守府へ八幡信仰が伝播していたことを示す重要拠点。
859
貞観元年
源氏の氏神として崇敬された武神であり、源氏の勢力拡大に伴い壺井八幡宮や鶴岡八幡宮など各地へ八幡神が分霊される拠点となった。
1063
康平6年
源頼朝が鎌倉幕府を開いたことで武家の崇敬を集め、東国における八幡信仰の拠点として広くその名を知らしめた。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-07-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等