やしろめぐりyashiromeguri
かめやまはちまんじんじゃ

亀山八幡神社

八幡信仰県社三重県亀山市江ケ室2-6-19

文永2年に創建された亀山八幡神社は、亀山藩の時代に代々の城主から氏神三社の一つとして崇敬を受けてきました。明治40年には亀山城の鎮守社など複数の社が合祀され、現在も境内には夫婦杉の御神木が鎮座しています。誉田別命を主祭神とし、地域では「八幡さん」の通称で親しまれています。

出典: Wikipedia(亀山八幡神社 (亀山市)) ↗

祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
未確認

基本情報

所在地三重県亀山市江ケ室2-6-19
御祭神誉田別命(通称 応神天皇仲哀天皇菅原道真素戔嗚尊息長帯比売命(通称 神功皇后武内宿禰
創建文永2年
旧社格県社
信仰系統八幡信仰
勧請元未確認
創建者未確認

亀山八幡神社の御祭神

亀山八幡神社の御祭神は誉田別命(通称 応神天皇仲哀天皇菅原道真素戔嗚尊息長帯比売命(通称 神功皇后武内宿禰6柱です。

祭祀構成 — 八幡信仰の標準

系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。

この社の相殿・合祀
系譜(血縁) — 誉田別命の血筋

誉田別命を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。仲哀天皇は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。

主祭神相殿など祭祀構成外(系譜のみ) =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる

誉田別命

ほんだわけのみこと通称 応神天皇この神さまを詳しく →

八幡神そのもの。弓矢の神・武運と勝運、出世開運・厄除けの神。大陸の文化を招いた文教・殖産の祖ともされます。

仲哀天皇

ちゅうあいてんのうこの神さまを詳しく →

誉田別命の親として系譜に伝わります。

菅原道真

すがわらのみちざねこの神さまを詳しく →

八幡信仰の標準的な祭神構成には含まれない御祭神です。

素戔嗚尊

すさのおのみことこの神さまを詳しく →

八幡信仰の標準的な祭神構成には含まれない御祭神です。

息長帯比売命

おきながたらしひめのみこと通称 神功皇后この神さまを詳しく →

応神天皇の母。三韓征伐から帰還して応神を出産したという伝承から、安産・子育ての神として信仰されます。

武内宿禰

たけのうちのすくねこの神さまを詳しく →

八幡信仰の標準的な祭神構成には含まれない御祭神です。

八幡信仰の祭神と系譜を見る →

ご利益 (出典つき)

アクセス

所在地
三重県亀山市江ケ室2-6-19
最寄駅
未確認
駐車場
未確認

亀山八幡神社のルーツ — 総本山からのながれ

亀山八幡神社の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から亀山八幡神社までの流れを図にまとめています。

559
伝・欽明天皇勅願
誉田八幡宮大阪府独立創建
559年創建と伝わる最古級の八幡宮であり、源頼朝や足利義教など、源氏や武家社会からの厚い崇敬を受けて勢力を広げた。
725
宇佐神宮大分県総本宮
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。古くから皇室の崇敬を受け、神託を通じて中央政界とも深く関わりながら、八幡信仰の源流として全国へと広がった。
726
大分八幡宮福岡県主要分社
726年創建の筥崎宮の元宮であり、遷座後も九州五所別宮の第一社として八幡信仰の拡大と定着に重要な役割を果たした。
802
鎮守府八幡宮岩手県主要分社
平安京への勧進以前に坂上田村麻呂が胆沢へ勧進した、八幡信仰の北端拠点。
859
貞観元年
石清水八幡宮京都府主要分社
武神と仰ぐ源氏の崇敬を受け、源氏の勢力拡大に伴い各地へ分霊が勧請され、八幡信仰を全国へ広める拠点となった。
1063
康平6年
鶴岡八幡宮神奈川県主要分社
源頼朝が鎌倉幕府を開くにあたり武家の崇敬を集め、関東地方における八幡信仰の拠点としてその知名度を高めた。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-08-03 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等