やしろめぐりyashiromeguri
この神さまは、どこから来たのか

勧請 — 神さまの広がりかた

全国に同じ名前の神社があるのは、社から社へ神さまが迎えられてきたからです。その迎え入れを「勧請(かんじょう)」と呼びます。

勧請とは、総本宮から御分霊(ごぶんれい)を迎えて、同じ神さまを別の土地に祀ることです。神さまは分けても減らない、と考えられてきました。だから宇佐の八幡さまは石清水にも鎌倉にもいて、どの社の神さまも「分け前」ではなく同じ一柱です。やしろめぐりでは、この社から社へのつながりを記録し、系統ページの「ルーツ」に年表として、各神社のページに「ルーツ年表」と「広がった社」として描いています。どこから迎えられ、どこへ迎えられていったのか——一社の来歴が、そのまま信仰の地図になります。

もとは、仏さまへのお願いだった

勧請ということばは、もとは仏教の用語です。仏に教えを説くことを請い、いつまでもこの世にとどまって人々を救ってくれるよう願う——そうした請願を指しました。日本ではやがて、神仏の霊をお迎えして祈願することを広く指すようになり、のちに今の意味、つまり御分霊を迎えて新しい社で祀ることへと変わっていきました。

ことばの成り立ちが示すとおり、勧請とは「来ていただけるよう願って、お迎えする」ことです。運ぶのでも、写すのでもありません。

社名は、勧請元を語っている

勧請を受けて生まれた神社は、分社・分祠、ところによっては今宮とも呼ばれます。社名は迎えた神さまにちなむことが多く、たとえば全国の稲荷神社の大半は、総本社である京都の伏見稲荷大社から勧請を受けているとされます。八幡宮・天満宮という社名も同じで、名前そのものが「どの神さまをお迎えした社か」を伝えています。

見知らぬ土地で八幡宮に出会ったとき、その社名はすでに来歴の半分を語っています。残りの半分——いつ、誰が、どこから迎えたのか——が、由緒書きと記録の領分です。

由緒書きの「勧請」の二文字

神社の由緒書きには「◯◯より勧請」という一文がよく現れます。短い一文ですが、これがその社の来歴の背骨です。当サイトでは、この情報を確かめられた社について「ルーツ — 総本山からのながれ」の年表に置き直し、勧請元の社とリンクでつないでいます。

一方で、勧請元がどこにも書かれていない社も少なくありません。当サイトは、分からないものを無理に埋めず、確かめられたつながりだけを年表に描いています。

系統ごとの広がり広がる

八幡信仰
総本山 宇佐神宮大分県宇佐市)・当サイト掲載 42

宇佐神宮にはじまり、東大寺の大仏造立を機に都へ迎えられ、859年の石清水八幡宮、1063年の鎌倉への勧請と、担い手を替えながら全国へ広がりました。

八幡信仰のルーツ年表を見る →
天神信仰
総本山 太宰府天満宮/北野天満宮福岡・京都)・当サイト掲載 19

菅原道真公を祀る信仰は、太宰府天満宮と北野天満宮の二つの本社を中心に、御霊を鎮める祈りから学問の神への信仰へと姿を変えながら各地の天満宮へ広がりました。

天神信仰のルーツ年表を見る →

各神社のページでは、その一社ぶんの道筋を「ルーツ — 総本山からのながれ」と「広がった社」でたどれます。

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