⛩ やしろめぐりyashiromeguri
だざいふてんまんぐう

太宰府天満宮

天神信仰 →官幣中社・天満宮総本宮〒818-0117 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号公式サイト ↗

学問の神様として知られる菅原道真公を祀る太宰府天満宮は、京都の北野天満宮と並ぶ全国天満宮の総本社です。その歴史は919年に遡り、年間約1000万人の参拝者が訪れるなど、道真公の霊廟として今もなお篤く信仰され、多くの人々に親しまれています。

出典: Wikipedia(太宰府天満宮) ↗

祈祷受付
8時45分頃〜17時頃
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
太宰府駅 徒歩約6分(約430m・直線距離)

基本情報

所在地〒818-0117 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
御祭神菅原道真
創建919年(延喜19年)
旧社格官幣中社・天満宮総本宮
信仰系統天神信仰
勧請元未確認
創建者醍醐天皇、味酒安行

太宰府天満宮の御祭神

太宰府天満宮の御祭神は菅原道真の1柱です。

祭祀構成 — 天神信仰の標準

系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。

系譜(血縁) — 菅原道真の血筋

菅原道真を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。伴氏・菅原是善は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。

親
子
主祭神祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる

菅原道真

すがわらのみちざねこの神さまを詳しく →

平安前期の学者・漢詩人で、宇多天皇に重用され右大臣に至った実在の人物。学問・文章の神であり、無実の罪を晴らす神、正直の神としても信仰されます。

天満大自在天神

菅原道真と同一の神とされるこの神さまを詳しく →

没後まもなく道真公に贈られた神号。のちに清涼殿落雷事件を機に雷神(火雷神)と結びつけられ、「天神さま」の呼び名が広まりました。

天神信仰の祭神と系譜を見る →

ご利益 (出典つき)

アクセス

所在地
〒818-0117 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
最寄駅
太宰府駅 徒歩約6分(約430m・直線距離)
駐車場
未確認

祈祷・授与所

祈祷受付時間
8時45分頃〜17時頃
授与所
未確認
出典dazaifutenmangu.or.jp ↗(2026-07-25 確認)
時間・料金は変動します。参拝前に公式サイトでご確認ください。

近くの神社

当サイトに掲載している神社のうち、直線距離で約3km以内のものです。付近の神社のすべてではありません。

太宰府天満宮の由緒

牛車が止まった場所 — 廟のはじまり

右大臣であった菅原道真は、昌泰4年(901年)に大宰権帥として左遷され(昌泰の変)、延喜3年(903年)にこの地で世を去りました。遺骸を安楽寺に葬ろうとしたところ、葬送の牛車が門前で動かなくなったため、ここに留まりたいという道真の遺志と考え、延喜5年(905年)に味酒安行(うまさけのやすゆき)が墓所の上に廟を建てたと伝えられます。のちに醍醐天皇の勅を奉じた左大臣・藤原仲平が大宰府へ下向して社殿を造営し、延喜19年(919年)に竣工しました。これが安楽寺天満宮の創祀です。

祟りと鎮魂 — 天満宮となるまで

道真の死後、都では疫病や異常気象が続き、延喜9年(909年)には藤原時平が39歳で世を去ります。延喜23年(923年)に皇太子・保明親王が21歳で、延長3年(925年)にはその遺児・慶頼王がわずか5歳で亡くなりました。そして延長8年(930年)、公卿が居並ぶ清涼殿に落雷があって死傷者が出る事態となり(清涼殿落雷事件)、醍醐天皇もその衝撃がもとで床に伏し、譲位の直後に崩御します。わずか30年ほどのあいだに天皇1人・皇太子2人・右大臣以下の高級貴族が相次いで没したことで、道真への御霊信仰は頂点に達し、太政大臣の追贈などの慰撫が重ねられました。正暦元年(990年)ごろからは、本来は天皇・皇族を祀る社号である「天満宮」が併用されるようになります。

怨霊から学問の神へ

道真の御霊への恐れが薄れてきた中世ごろから、生前すぐれた学者であったことにより、学問の神として信仰されるようになりました。天正6年(1578年)に秋月種実の兵火で焼けた本殿は、天正19年(1591年)に小早川隆景によって再建されています。江戸時代に黒田氏が国主となってからは社域の整備と社殿の修復が重ねられ、社運は隆盛しました。明治の神仏分離で安楽寺は廃寺となり、明治4年(1871年)には社号が「太宰府神社」に改められます(「宮」号が原則として皇族を祭神とする神社に限られたため)。現在の社号に復したのは昭和22年(1947年)のことです。

124年ぶりの本殿改修(2023〜2026年)

2023年(令和5年)5月から、124年ぶりとなる本殿の大改修が行われました。工事のあいだ道真の神霊は仮殿に遷され、この仮殿は建築家・藤本壮介の設計による、黒を基調として屋根の上に梅などの森が広がる現代的な意匠のものでした。改修の完了に伴い、2026年(令和8年)5月16日に正遷座祭が営まれ、神霊は本殿へ還りました。

見どころ

飛梅
都を発つ道真が庭の梅に「東風(こち)ふかば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と詠み、その梅が主を慕って一晩で飛んできたという伝説の木。拝殿の右手前に立っています。
国宝『翰苑』
平安時代の書写になる『翰苑(かんえん)』巻第卅は国宝。中国では失われた書物で、伝わるのはこの一巻のみとされます。
桃山の本殿と室町の志賀社
本殿は桃山時代の造営で重要文化財。五間社流造・檜皮葺で、正面に唐破風造の向拝を設けます。末社の志賀社本殿は長禄2年(1458年)の造営で、こちらも重要文化財です。
クスノキの森
境内のクスは国の天然記念物。ヒロハチシャノキも同じく天然記念物に指定されており、「太宰府天満宮の梅林とクスノキの森」はかおり風景100選に選ばれています。
御神酒は梅酒
道真と梅の結びつきから、この社の御神酒は梅酒です。参道には餡入りの焼き餅「梅ヶ枝餅」を売る店が並び、焼く風景も参拝の楽しみになっています。
延寿王院と幕末の五卿
参道を登りつめた先の延寿王院は、幕末に三条実美ら五人の公卿が3年半余りを過ごした場所。西郷隆盛や伊藤博文、坂本龍馬らも訪れており、維新の策源地といわれます。

年中行事 (主なもの)

1月1日
初詣(歳旦祭)
1月7日
鬼すべ
寛和2年(986年)ごろ、道真の曾孫・菅原輔正が始めたと伝わる神事
1月7日
鷽替え
1月25日
初天神祭
2月25日
梅花祭
3月第1日曜
曲水の宴
6月中旬
斎田御田植祭
9月21日〜25日
神幸式大祭
9月25日
例祭
旧暦9月10日
秋思祭
10月18日
特別受験合格祈願大祭

※ 日程は年によって変わることがあります。参拝の予定を立てる際は公式サイトでご確認ください。

天神信仰のひろがり

以下は天神信仰が各地へ広がった代表的なながれで、太宰府天満宮一社の勧請の来歴をたどったものではありません。太宰府天満宮はこのながれのなかに現れます。

903
伝
谷保天満宮東京都独立創建
東日本最古の天満宮。道真の子息・道武が廟を建てたことに始まり、学問の神として古くから信仰を集めてきた独立創建の神社。
904
延喜4年
防府天満宮山口県独立創建
904年創建。「日本最初に創建された天神様」を名乗り、道真の配流地という地理的特性から、早期の天神信仰の拠点としてその広がりを象徴する。
919
延喜19年
太宰府天満宮福岡県このページの神社総本宮
菅原道真の怨霊を鎮める御霊信仰から始まり、学問の神としての崇敬を全国に広げた天神信仰の総本宮。
947
天暦元年
北野天満宮京都府総本社
太宰府天満宮とともに天神信仰の中心をなす天満宮の総本社。当社から全国各地へ勧請が行われ、信仰が広がる基点となった。
949
天暦3年
大阪天満宮大阪府独立創建
901年に道真が参詣した旧跡に、その後の天神信仰の広がりを受け、村上天皇の勅命により新たに天満宮が建立された。
1104
長治元年
荏柄天神社神奈川県独立創建
鎌倉幕府の鬼門守護神として崇敬を受け、武家政権の成立とともに天神信仰が武家の精神的な拠り所として定着した。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。

天神信仰のルーツを詳しく見る →

太宰府天満宮から広がった社 (当サイト掲載分2社)

太宰府天満宮から御分霊を勧請したと伝わる神社です。勧請の年代や経緯には諸説があり、各社のページに出典を記しています。

※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。

太宰府天満宮のよくある質問

太宰府天満宮はどんな神社ですか?▾
菅原道真の墓所の上に建てられた霊廟を起源とする神社で、京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされます。旧社格は官幣中社。正月三が日で約200万人、年間では約1000万人が参拝します。
北野天満宮とはどちらが総本社ですか?▾
どちらか一方ということではなく、太宰府天満宮と北野天満宮の両社が天神信仰の中心として並び称されます。太宰府は道真が葬られた墓所の上に建つ霊廟、北野は都で道真の霊を祀るために創建された社という成り立ちの違いがあります。
飛梅とは何ですか?▾
道真が都を発つ際に詠んだ「東風ふかば…」の歌にちなむ梅の木です。主を慕って京から一晩で飛んできたという伝説があり、拝殿の右手前に立っています。
鷽替え・鬼すべとはどんな行事ですか?▾
いずれも1月7日の神事です。鬼すべは寛和2年(986年)ごろに道真の曾孫・菅原輔正が始めたと伝えられます。
本殿の改修は終わりましたか?▾
124年ぶりの本殿改修は2023年5月に始まり、2026年5月16日の正遷座祭をもって神霊が仮殿から本殿へ還りました。
  • 「三天神」の三社目には諸説があり、防府天満宮とする説のほか大阪天満宮とする説もあります。
  • 牛車が動かなくなったという創建の由来や飛梅の伝説は、伝承として伝わるものです。
  • 参拝者数は公表されている概数です。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等