おおさかてんまんぐう
大阪天満宮
大阪天満宮の歴史は、孝徳天皇が難波宮を造営した際、西北に守護神として大将軍社を創建したことに始まります。その後、この地に参詣した菅原道真公を祀るため、村上天皇の勅命により天暦3年に天満宮が建立されました。度重なる火災で社殿を焼失する苦難もありましたが、天保14年に現在の姿へと復興を遂げています。古くから地域の信仰を集め、現在では「天満の天神さん」として市民に親しまれています。境内には大阪市指定文化財である本殿や拝殿のほか、七夕神事の旧跡とされる星愛七夕祭が開かれる星合池などが見どころです。また、毎年行われる天神祭は、日本三大祭の一つとして広く知られています。
祈祷受付
9時00分〜17時00分(最終受付16時30分。所要は受付から60分前後)
授与所
未確認
祈祷初穂料
個人諸祈祷8,000円〜/初宮詣・七五三詣・自動車清祓・安産祈願10,000円〜/法人・団体(要予約)30,000円〜
アクセス
大阪天満宮駅 徒歩約2分(約150m・直線距離)
基本情報
大阪天満宮の御祭神
大阪天満宮の御祭神は菅原道真の1柱です。
祭祀構成 — 天神信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
系譜(血縁) — 菅原道真の血筋
菅原道真を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。伴氏・菅原是善は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
平安前期の学者・漢詩人で、宇多天皇に重用され右大臣に至った実在の人物。学問・文章の神であり、無実の罪を晴らす神、正直の神としても信仰されます。
没後まもなく道真公に贈られた神号。のちに清涼殿落雷事件を機に雷神(火雷神)と結びつけられ、「天神さま」の呼び名が広まりました。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
大阪府大阪市北区天神橋2丁目1番8号
大阪府大阪市北区天神橋2丁目1番8号
最寄駅
大阪天満宮駅 徒歩約2分(約150m・直線距離)
大阪天満宮駅 徒歩約2分(約150m・直線距離)
駐車場
未確認
未確認
祈祷・授与所
祈祷受付時間
9時00分〜17時00分(最終受付16時30分。所要は受付から60分前後)
9時00分〜17時00分(最終受付16時30分。所要は受付から60分前後)
祈祷初穂料
個人諸祈祷8,000円〜/初宮詣・七五三詣・自動車清祓・安産祈願10,000円〜/法人・団体(要予約)30,000円〜
個人諸祈祷8,000円〜/初宮詣・七五三詣・自動車清祓・安産祈願10,000円〜/法人・団体(要予約)30,000円〜
授与所
未確認
未確認
近くの神社
当サイトに掲載している神社のうち、直線距離で約3km以内のものです。付近の神社のすべてではありません。
天神信仰のひろがり
以下は天神信仰が各地へ広がった代表的なながれで、大阪天満宮一社の勧請の来歴をたどったものではありません。大阪天満宮はこのながれのなかに現れます。
903
伝
東日本最古の天満宮。道真の子息・道武が廟を建てたことに始まり、学問の神として古くから信仰を集めてきた独立創建の神社。
904
延喜4年
904年創建。「日本最初に創建された天神様」を名乗り、道真の配流地という地理的特性から、早期の天神信仰の拠点としてその広がりを象徴する。
919
延喜19年
菅原道真の怨霊を鎮める御霊信仰から始まり、学問の神としての崇敬を全国に広げた天神信仰の総本宮。
947
天暦元年
太宰府天満宮とともに天神信仰の中心をなす天満宮の総本社。当社から全国各地へ勧請が行われ、信仰が広がる基点となった。
949
天暦3年
大阪天満宮大阪府このページの神社独立創建
901年に道真が参詣した旧跡に、その後の天神信仰の広がりを受け、村上天皇の勅命により新たに天満宮が建立された。
1104
長治元年
鎌倉幕府の鬼門守護神として崇敬を受け、武家政権の成立とともに天神信仰が武家の精神的な拠り所として定着した。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
巡拝・名数での位置づけ
大阪天満宮が登場する読み物
本文で大阪天満宮に触れている特集記事です。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等