おおたじんじゃ
於保多神社
富山県富山市にある於保多神社は、「富山の天神様」として崇敬を受けています。弘長3年(1263年)に菅原道真公の尊像を奉ったことに始まり、明治6年に現在の社名に改称されました。境内には富山城で時鐘として使われていた鐘を用いた正甫公徳碑があり、絵馬堂の神牛の像を撫でて合格を祈願する風習が伝わります。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
稲荷町駅 徒歩約8分(約610m・直線距離)
基本情報
於保多神社の御祭神
於保多神社の御祭神は菅原道真の1柱です。
祭祀構成 — 天神信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
系譜(血縁) — 菅原道真の血筋
菅原道真を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。伴氏・菅原是善は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
平安前期の学者・漢詩人で、宇多天皇に重用され右大臣に至った実在の人物。学問・文章の神であり、無実の罪を晴らす神、正直の神としても信仰されます。
没後まもなく道真公に贈られた神号。のちに清涼殿落雷事件を機に雷神(火雷神)と結びつけられ、「天神さま」の呼び名が広まりました。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
富山県富山市於保多町1-32
富山県富山市於保多町1-32
最寄駅
稲荷町駅 徒歩約8分(約610m・直線距離)
稲荷町駅 徒歩約8分(約610m・直線距離)
駐車場
未確認
未確認
於保多神社のルーツ — 総本山からのながれ
於保多神社の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から於保多神社までの流れを図にまとめています。
947
天暦元年
太宰府天満宮とともに天神信仰の中心をなす天満宮の総本社。当社から全国各地へ勧請が行われ、信仰が広がる基点となった。
1263
弘長3年
於保多神社富山県このお宮
discover_shrines.py で登録(2026-08-03)/祭神の名寄せ不能: 前田利次、前田正甫、前田利保 / 1665年に浄禅寺境内へ天満宮を作り北野天神を勧請(Wikipedia・T-241)
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等