ふかしじんじゃ
深志神社
暦応2年(1339年)、信濃守護の小笠原貞宗が戦勝に感謝して諏訪明神を祀り、当初は宮村宮と称して創建されたことに始まります。応永9年(1402年)には小笠原長基が北野天満宮を勧請し、深志城(松本城)が築城されると城の鎮守や産土神として崇敬を受けました。江戸時代も松本藩累代藩主の崇敬を受け、松本城下の商人町の総氏神となるとともに、天満宮の方が有名となり深志天神や「天神様」と呼ばれるようになりました。天保12年(1841年)に京都の吉田家の許可を受けて現在の深志神社へ改称し、諏訪明神と菅原道真を主祭神として祀っています。見どころとして、市指定有形民俗文化財である江戸時代末期の作「松本城下町の舞台」があります。
祈祷受付
未確認
授与所
未確認
初穂料・御朱印
未確認
アクセス
松本駅 徒歩約12分(約900m・直線距離)
基本情報
深志神社の御祭神
深志神社の御祭神は菅原道真の1柱です。
祭祀構成 — 天神信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
系譜(血縁) — 菅原道真の血筋
菅原道真を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。伴氏・菅原是善は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
平安前期の学者・漢詩人で、宇多天皇に重用され右大臣に至った実在の人物。学問・文章の神であり、無実の罪を晴らす神、正直の神としても信仰されます。
没後まもなく道真公に贈られた神号。のちに清涼殿落雷事件を機に雷神(火雷神)と結びつけられ、「天神さま」の呼び名が広まりました。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
長野県松本市深志3丁目7-43
長野県松本市深志3丁目7-43
最寄駅
松本駅 徒歩約12分(約900m・直線距離)
松本駅 徒歩約12分(約900m・直線距離)
駐車場
未確認
未確認
深志神社のルーツ — 総本山からのながれ
深志神社の御祭神は、どの社から迎えられたのか。勧請の伝えをさかのぼり、総本宮から深志神社までの流れを図にまとめています。
947
天暦元年
太宰府天満宮とともに天神信仰の中心をなす天満宮の総本社。当社から全国各地へ勧請が行われ、信仰が広がる基点となった。
1339
暦応2年
深志神社長野県このお宮
discover_shrines.py で登録(2026-08-03)/祭神の名寄せ不能: 建御名方命 / 1402年に小笠原長基が北野天満宮を勧請(Wikipedia・T-241)
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等