ゆしまてんまんぐう
湯島天満宮
湯島天満宮は東京都文京区に鎮座し、天之手力雄命に加え、南北朝時代の正平10年に郷民が菅原道真を勧請したことで天満宮となりました。江戸時代には幕府の崇敬や庇護を受け、天神信仰の中心地として発展した歴史を持ちます。学問の神である菅原道真を祀ることから、受験シーズンには合格祈願の参拝者が集まり、学問成就を願う学生らで賑わいを見せます。また、江戸時代より梅の名所として知られており、第二次世界大戦後には2月から3月にかけて梅まつりが開催されています。境内では庭園化に向けた梅の再生プロジェクトも進行中で、歴史ある景観を保ちながら多くの参拝者を迎える神社です。
祈祷受付
午前9時15分〜午後4時00分(予約不要。祭典・婚礼等の斎行時は15分〜40分お待ちいただく場合あり)
授与所
午前9時〜午後7時
御朱印
午前9時00分〜午後5時
アクセス
湯島駅 徒歩約3分(約160m・直線距離)
基本情報
湯島天満宮の御祭神
祭祀構成 — 天神信仰の標準
系統の標準構成に、この社の御祭神を対応づけています。
この社の相殿・合祀
系譜(血縁) — 菅原道真の血筋
菅原道真を中心に、系譜上の血縁を並べたものです。伴氏・菅原是善は系譜上の関係で、上の祭祀構成には含まれません。
親
子
主祭神祭祀構成外(系譜のみ)✓ =この神社の御祭神 / 淡色=この神社では確認なし× 夫婦同一の神とされる
天神信仰の標準的な祭神構成には含まれない御祭神です。
平安前期の学者・漢詩人で、宇多天皇に重用され右大臣に至った実在の人物。学問・文章の神であり、無実の罪を晴らす神、正直の神としても信仰されます。
没後まもなく道真公に贈られた神号。のちに清涼殿落雷事件を機に雷神(火雷神)と結びつけられ、「天神さま」の呼び名が広まりました。
ご利益 (出典つき)
アクセス
所在地
東京都文京区湯島三丁目30番1号
東京都文京区湯島三丁目30番1号
最寄駅
湯島駅 徒歩約3分(約160m・直線距離)
湯島駅 徒歩約3分(約160m・直線距離)
開門・参拝時間
午前6時〜午後8時
午前6時〜午後8時
駐車場
未確認
未確認
祈祷・授与所
祈祷受付時間
午前9時15分〜午後4時00分(予約不要。祭典・婚礼等の斎行時は15分〜40分お待ちいただく場合あり)
午前9時15分〜午後4時00分(予約不要。祭典・婚礼等の斎行時は15分〜40分お待ちいただく場合あり)
授与所・社務所時間
午前9時〜午後7時
午前9時〜午後7時
祈祷初穂料
個人 5千円・1万円・2万円/初宮詣 1万円・2万円/七五三詣 7千円・1万円・2万円
個人 5千円・1万円・2万円/初宮詣 1万円・2万円/七五三詣 7千円・1万円・2万円
御朱印
午前9時00分〜午後5時
午前9時00分〜午後5時
天神信仰のひろがり — 湯島天満宮の勧請元は未確認
湯島天満宮がどの社から御分霊を迎えたのか(勧請元)は、当サイトでは確認できていません。以下は天神信仰が各地へ広がった代表的なながれで、湯島天満宮のルーツを示すものではありません。創建の年代と経緯は、このページの「基本情報」と紹介文に記しています。
903
伝
東日本最古の天満宮。道真の子息・道武が廟を建てたことに始まり、学問の神として古くから信仰を集めてきた独立創建の神社。
904
延喜4年
904年創建。「日本最初に創建された天神様」を名乗り、道真の配流地という地理的特性から、早期の天神信仰の拠点としてその広がりを象徴する。
919
延喜19年
菅原道真の怨霊を鎮める御霊信仰から始まり、学問の神としての崇敬を全国に広げた天神信仰の総本宮。
947
天暦元年
太宰府天満宮とともに天神信仰の中心をなす天満宮の総本社。当社から全国各地へ勧請が行われ、信仰が広がる基点となった。
949
天暦3年
901年に道真が参詣した旧跡に、その後の天神信仰の広がりを受け、村上天皇の勅命により新たに天満宮が建立された。
1104
長治元年
鎌倉幕府の鬼門守護神として崇敬を受け、武家政権の成立とともに天神信仰が武家の精神的な拠り所として定着した。
※ 系譜・年代は代表的な伝承にもとづく図示です。
湯島天満宮が登場する読み物
本文で湯島天満宮に触れている特集記事です。
この神社の関係者の方へ
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情報最終確認日: 2026-08-27 出典: Wikipedia・Wikidata・国土地理院・各社公式サイト等