⛩ やしろめぐりyashiromeguri

住吉三神

すみよしさんじん
神

住吉三神(すみよしさんじん)は、底筒男命・中筒男命・表筒男命の三柱をまとめて呼ぶ名です。『古事記』では底筒之男神・中筒之男神・上筒之男神と表記されます。伊邪那岐命が黄泉国の穢れを洗い清める禊を行ったとき、瀬の深いところ・流れの中間・水の表からそれぞれ生まれ出たと伝えられます。航海を守る海の神として信仰され、神功皇后の新羅遠征を導いた神とされることから、八幡宮でも相殿に祀られる例があります。

住吉三神の基本情報

底筒男命・中筒男命・表筒男命の三柱をまとめて呼ぶ名です。禊のどの深さから生まれたかが、そのまま三柱の名になっています。

三柱の名
底筒男命/中筒男命/表筒男命
『古事記』では底筒之男神・中筒之男神・上筒之男神
誕生
伊邪那岐命の禊
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原
神格
海の神・航海の神
全国の社数
住吉神社など約600社
うち4社が近代社格制度の官社に列格
「住吉」の読み
もとは「すみのえ」(墨江)

住吉三神の系譜

伊邪那岐命の禊から生まれた神なので、系譜にさかのぼれるのは親の一柱だけです。

系譜(血縁)
子
この神住吉三神すみよしさんじん
血縁× 夫婦※ 祖父母は父方・母方をまとめて表示しています。続柄は出典にもとづく図示で、伝承上の関係を含みます

禊から生まれた、海を守る三柱

住吉三神は、伊邪那岐命が黄泉国から戻って禊をしたときに生まれた神とされます。生まれた場所が瀬の深いところ・流れの中間・水の表と語られるとおり、水そのものと結びつきの深い神で、海上安全・航海の守り神として信仰されてきました。『土佐日記』には、船旅の途中で住吉明神に幣を奉り、鏡を海に納めるとたちまち海が静まったという話が記されています。住吉大社にともに祀られる息長帯姫命(神功皇后)を含めて「住吉大神」と呼ぶこともあります。

三柱それぞれに当てられた本地仏

かつての神仏習合の思想では、底筒之男神を薬師如来、中筒之男神を阿弥陀如来、上筒之男神を大日如来の垂迹とする理解がありました。三柱がひとまとまりで語られながら、個々に別の仏を当てられている点に、集合的な神格が習合のなかで解きほぐされていくようすがうかがえます。

神功皇后を導いた神として

『日本書紀』によれば、仲哀天皇の御代に熊襲などが背いたとき、神功皇后に神がかりがあり、「熊襲の地よりも新羅を征討せよ、我ら三神を祀れば従うだろう」という神託が下ったと伝えられます。仲哀天皇はこの神託を疑って崩じ、あらためて同じ神託を得た皇后は自ら兵を率いて海を渡ったとされます。この伝承のため、住吉三神は神功皇后・応神天皇と縁の深い神として、八幡宮の相殿に迎えられることがあります。

住吉三神を祀る神社(掲載132社のうち4社)

※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。

住吉三神のよくある質問

住吉三神とは誰のことですか?▾
底筒男命・中筒男命・表筒男命の三柱をまとめた呼び名です。『古事記』では底筒之男神・中筒之男神・上筒之男神と表記されます。
どんなご利益がありますか?▾
海の神・航海の神として、海上安全や交通安全の信仰が篤い神さまです。神功皇后の遠征を導いたという伝承から、武運を願って祀られることもあります。
「住吉大神」とは同じ意味ですか?▾
住吉三神を指す呼び名ですが、住吉大社にともに祀られる息長帯姫命(神功皇后)を含めて用いる場合もあります。
なぜ八幡宮で祀られているのですか?▾
住吉三神は神功皇后に新羅遠征の神託を下したと伝えられ、皇后とその子である応神天皇(八幡神)に縁の深い神とされるためです。当サイトでは藤崎八旛宮・千栗八幡宮などが相殿として掲げています。
  • 三柱は一体の神格として語られることが多く、当サイトでも1つの柱として扱っています。個別のノードに分ける整備は検討中です。
  • 住吉神社の社数(約600社)は数え方によって変わります。
最終確認日:2026-08-27