⛩ やしろめぐりyashiromeguri

彦火火出見尊

ひこほほでみのみこと
神

彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)は、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の子で、神武天皇の祖父にあたる神です。『古事記』では火遠理命と記され、「山幸彦」の名で知られます。兄の海幸彦と「幸」を交換して釣針を失い、海神の宮を訪ねて豊玉姫と結ばれる海幸山幸の物語の主人公です。『古事記』は高千穂宮に580年住んだと伝え、鹿児島神宮(鹿児島県霧島市)はこの高千穂宮の跡地と伝えられています。

彦火火出見尊の基本情報

「山幸彦」の通称で知られる神です。父・后・子まで系譜が伝わり、陵の所在も治定されています。

別の表記
火折尊/火遠理命/天津日高日子穂穂手見命
『日本書紀』/『古事記』
通称
山幸彦
父母
瓊瓊杵尊と木花開耶姫
后
豊玉姫
海神・豊玉彦命の娘
子
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
神武天皇の父
陵
高屋山上陵
宮内庁により鹿児島県霧島市の円墳に治定

彦火火出見尊の系譜

父は天孫降臨の瓊瓊杵尊、子は神武天皇の父にあたる鸕鶿草葺不合尊。日向三代のちょうど真ん中の代です。

系譜(血縁)
子
子
この神彦火火出見尊ひこほほでみのみこと×夫婦配偶者豊玉毘売命とよたまひめのみこと
子
血縁× 夫婦※ 祖父母は父方・母方をまとめて表示しています。続柄は出典にもとづく図示で、伝承上の関係を含みます

海と山を結ぶ、日向三代の神

彦火火出見尊は、天孫降臨の瓊瓊杵尊と、初代天皇の父である鸕鶿草葺不合尊のあいだに位置する神です。兄の火闌降命(海幸彦)と弟の彦火火出見尊は、生まれながらに釣針と弓矢という「幸」を持っており、そこから海幸彦・山幸彦と呼ばれるようになったと伝えられます。海神の助けを得て兄を征し、海神の娘との間に次代を得るという筋立ては、山の幸と海の幸が結び合わされる物語として読まれてきました。

失った釣針と、海神の宮

あるとき海幸彦と山幸彦は「幸」を交換してみましたが、どちらもうまくいきませんでした。返そうとしたところ、山幸彦は兄の釣針を失っており、兄はいくら代わりの針を作っても許しません。困った山幸彦は塩土老翁と出会い、海神の宮へ送ってもらいます。門前の井戸のそばの湯津杜の下でさまよっていると、海神の娘の豊玉姫が現れました。海神が魚を集めて問いただすと、口の痛みを訴える赤女(鯛)の口から釣針が見つかります。海神は釣針をすぐには返さず、豊玉姫を娶らせて三年のあいだ海に留めました。帰る際、豊玉姫は身ごもったことを告げ、産屋にこもるときは中を覗かないよう言い残します。我慢できず覗いた山幸彦が見たのは、姿を変えた豊玉姫でした。姫は恥じて海に去り、遺された子が彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊です。

彦火火出見尊を祀る神社(掲載132社のうち2社)

※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。

彦火火出見尊のよくある質問

彦火火出見尊と山幸彦は同じ神さまですか?▾
同じ神を指します。『古事記』では火遠理命、『日本書紀』では彦火火出見尊または火折尊と記され、兄の海幸彦に対して山幸彦と呼ばれます。
神武天皇とはどういう関係ですか?▾
祖父にあたります。彦火火出見尊と豊玉姫の子が彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊で、その子が初代の神武天皇と伝えられます。
鹿児島神宮との関わりは何ですか?▾
『古事記』が彦火火出見尊の宮として記す高千穂宮の跡地と伝えられるのが鹿児島神宮(鹿児島県霧島市)です。同社は彦火火出見尊を主祭神としています。
陵はどこにありますか?▾
高屋山上陵といい、宮内庁により鹿児島県霧島市溝辺町の円墳に治定されています。埋葬地の伝承地は南九州各地にあり、明治7年に現在地が治定されました。
  • 「彦火火出見尊」は神武天皇の諱でもあり、祖父と孫が同じ名で呼ばれます。
  • 兄弟の名と生まれた順は『日本書紀』本文・各一書・『古事記』で異なります。
  • 陵の伝承地は宮崎県高千穂町の古墳、鹿児島県肝付町の国見山など複数あり、現在の治定は明治政府によるものです。
最終確認日:2026-08-27