⛩ やしろめぐりyashiromeguri

瓊瓊杵尊

ににぎのみこと
神

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、天照大神の孫にあたる神で、皇孫・天孫とも称されます。高天原から日向国の襲の高千穂峰へ天降ったと伝えられ、この出来事を天孫降臨といいます。さらに国を探して吾田長屋笠狭岬に至り、大山祇神の娘である木花開耶姫を娶りました。二人の子が火闌降命(海幸彦)と彦火火出見尊(山幸彦)で、その子孫が初代・神武天皇にあたります。新田神社(鹿児島県薩摩川内市)が主祭神として祀ります。

瓊瓊杵尊の基本情報

天照大神の孫にあたることから、皇孫・天孫とも呼ばれます。名の「ににぎ」は「にぎにぎしい」の意と解されています。

別の表記
邇邇藝命/天津彦彦火瓊瓊杵尊
『古事記』/『日本書紀』
位置づけ
地神五代の3代目・日向三代の初代
父母
天忍穂耳尊と栲幡千千姫命
天照大神の孫にあたる
妻
木花開耶姫
大山祇神の娘。鹿葦津姫とも
子
火闌降命・彦火火出見尊ら
陵
可愛山陵

瓊瓊杵尊の系譜

父は天忍穂耳尊、子は山幸彦こと彦火火出見尊。ここから神武天皇までの三代を日向三代と呼びます。

系譜(血縁)
子
子
この神瓊瓊杵尊ににぎのみこと×夫婦配偶者木花之佐久夜毘売このはなのさくやびめ
子
血縁× 夫婦※ 祖父母は父方・母方をまとめて表示しています。続柄は出典にもとづく図示で、伝承上の関係を含みます

天から降りた「にぎにぎしい」神

名の「ににぎ」は「にぎにぎしい」の意で、「にぎやか」と同語源とされます。冠される「あめにぎしくににぎし」は「天にも地にも親和的である」の意、「あまつひこ」は高天原と関わる神であることを示す美称、「ひこ」は日神である天照大御神の嫡流の男子であることを示すと解されています。名そのものが、天と地を結ぶ神という位置づけを表しています。

高千穂への降臨と、火中の誓約

高皇産霊尊は孫の瓊瓊杵尊をとくにかわいがり、葦原中国の主にしたいと考えました。経津主神と武甕槌神によって葦原中国が平定されると、皇孫は真床追衾で覆われて地上に降ろされます。天八重雲を押し分けて進み、日向の襲の高千穂峰に天降ったのが天孫降臨です。笠狭岬で出会った木花開耶姫が一夜で身ごもると、皇孫は「天神でも一夜で孕ませることはできない」と疑いました。怒った姫は出口のない小屋にこもり、「私の子が天孫の子であれば傷つかない」と誓約して火を放たせます。三人の子が無事に生まれ、天孫の子であることが証明されたと伝えられます。

瓊瓊杵尊を祀る神社(掲載132社のうち3社)

※ 並び順は旧社格(1946年に廃止された近代の格付け)と、総本宮・一宮などの称号にもとづくものです。格の高さがご利益の大きさを表すものではありません。

瓊瓊杵尊のよくある質問

天孫降臨とは何ですか?▾
瓊瓊杵尊が高天原から地上へ降ったことをいいます。『日本書紀』では高皇産霊尊の意により、『古事記』では高木神の命を受けた天照大御神の神勅により、日向の高千穂へ天降ったと伝えられます。
神武天皇とはどういう関係ですか?▾
曾祖父にあたります。瓊瓊杵尊の子が彦火火出見尊、その子が彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊、その子が初代の神武天皇と伝えられます。
新田神社との関わりは何ですか?▾
新田神社(鹿児島県薩摩川内市)が瓊瓊杵尊を主祭神として祀っています。同社は八幡神を併せ祀る社として、当サイトでは八幡信仰に分類しています。
  • 降臨の経緯は『日本書紀』本文・各一書・『古事記』で細部が異なります。『古事記』では降臨の地を「竺紫の日向の高千穂の久士布流多気」と記します。
  • 火中出産で生まれた子の内訳も文献によって異なります。
最終確認日:2026-08-27